2020年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
無料ブログはココログ

« 新広島市民球場(番外編_5前編)_DISCOVER_WEST_"新球場を巡るコース"に参加してきました。 | トップページ | お城の野鳥(01-01)_スズメ_(蝉スズメ) »

2008年11月24日 (月)

新広島市民球場(番外編_5後編)_DISCOVER_WEST_"新球場を巡るコース"に参加してきました。

 土曜日のDISCOVER WEST ハイキング 「メモリアル市民球場&夢の器 新球場をめぐるコース」 の続きです。

 コースは、市民球場正面玄関より入場→バックネット裏内野スタンド→記者室(報道室)→第2テレビ室→一塁側投球練習場→津田プレート→オールインロード→ドジャースプレート→12球団監督の色紙→市民球場玄関前で解散となります。

 的場から各々、市内電車で市民球場までやって来て、まずは勝鯉の森に集合。

Img_0954









 左の”V”の字がある記念碑が日本シリーズ優勝記念碑、ガイドの人の後ろにあるのがリーグ優勝記念碑。

 写真では見えませんが、リーグ優勝の石碑はもう追加のスペースはありませんが、日本シリーズの石碑の方はもう1回分彫り込む事が出来るのだそうです。

 これは何を意味しているのか? 今年、クライマックスシリーズ進出の可能性があった時、「今年も日本シリーズで優勝!」と暗示しているのではと言う噂が一部のファンの間に広がったそうです。 残念がら9月28日の最終戦で燃え尽きてしまいましたが。

 ちなみに、この勝鯉の森は市民球場がこの地にあった記念として、球場移転後もこの地に残すそうです。


 バックネット裏の内野スタンドでこれからの予定などを聞いて、記者室へImg_0958

記者席での説明

カープの生い立ち、市民球場の生い立ちなどの話がありました。







 ・戦後、プロ野球が2リーグになる時、「野球王国広島からもプロのチームを作ろう。」という話が持ち上がったそうです。その為には選手50人を集めて申請しなければならなかったのですが、石本監督は決まったものの、選手が集まらない。 一度に何チームも新球団が出来る上に、予算の問題。 カープが用意したのが当時の金で600万円。 それに対し、山口県の大洋ホエールズ(今の横浜ベイスターズ)が用意したのが6000万円。これじゃ、いくら広島が好きでも選手は来ない。 その為、他球団を止めて、他の職業に就いていた人に声をかけたり、昔、石本監督が高校野球の監督をしていた広島商業のOBでもう野球を止めている人にも声をかけてやっと申請したそうです。 そんな苦労をされている石本監督。 初優勝の時、監督の姿がテレビに映し出されていましたが、さぞかし感慨深いものがあった事でしょう。

 皮肉にも、大洋は身売りし、その後の変遷で今残っているのは、カープ、阪神、中日、巨人のみ。 改めて凄い事だと感激しました。

 ・市民球場で評判の悪い”西日問題”。 これの源泉も金にまつわる話のようです。

と言うのは、球場を作る費用は全て、広島の財界からの寄付でまかなったそうです。そのため、”正面入り口は市街地の方にして欲しい”という財界からの要望で、今のようになったそうです。 

 その他、外野の広告を見ながらの話など、いろいろ興味深い話がありましたが、長くなりますのでこの辺で。

Img_0955



 記者席は各メディアの指定席となっていました。 以前は、この席で優先席があったそうです。 出口に近い席が一番優先度が高かったのだそうです。 1秒でも早く情報を持ち帰るためで、主に中国新聞など地元のメディアが使っていたそうです。 ただ、最近は携帯や、パソコンが発達し、そんな優先順位も過去のものとなってしまっているそうです。
Img_0966













 テレビ室から見た球場。 この様な位置から解説していたのですね。 解説者が、「今のボールは・・・ 」などと解説していましたが、ここから目視で分かるのでしょうか。

 上部左の3つの影は照明器具です。



Img_0980

一塁側投球練習場

実際のマウンドと同じ条件で造ってあるそうです。 明るさも同じ条件という事で、天井には沢山の照明がついています。 夏、天井の照明を付けると暑くてたまらないそうです。





Img_0977

ちょっとブレていますが、9月28日最終戦の投球データが消されずに残っていました。 もう一枚漢字で書かれたものが、ありましたが、暗くてぶれてしまいました。 実際に見て下さい。



Img_0973

 オールインロード

売店に通ずる通路には壁に選手のサインが書かれているのですが、上段中央のサインがファンによって消されています。

しかし、サインの下にはしっかり名前が書いてありました。「25 阪神へ 新井貴浩」
















最後に、参加賞を頂き、ハイキング終了

Img_1051

Img_0993

子ども科学館前からセンター側(電光掲示板)を見たところ。

改めて、現市民球場を見るとやはり小さいですね。

Img_0986_2 
 23日はファン感謝デー、今朝の新聞によると過去最多の26000人詰めかけたそうですが、土曜日には通常の試合のように席取りがすでに始まっていました。

12月6日のOB戦も指定席は早々と売り切れています。

前日5日もこの様な、いや、これ以上の熾烈な席取合戦が繰り広げられるのでしょうか。













 なお、今回、メモも取らず、記憶をたどって思いつくままに書きました。 細かい点は聞き違いあるいは記憶落ちの部分があるかもしれません。 その節はご容赦下さい。

 今回のブログは、ほんの一部です。 ブログで書けない本音の話も多々ありました。

 通常、見る事の出来ない市民球場の施設も見る事が出来ます。 興味のある方は、一度参加されてみてはいかがですか。

« 新広島市民球場(番外編_5前編)_DISCOVER_WEST_"新球場を巡るコース"に参加してきました。 | トップページ | お城の野鳥(01-01)_スズメ_(蝉スズメ) »

新広島市民球場」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 新広島市民球場(番外編_5前編)_DISCOVER_WEST_"新球場を巡るコース"に参加してきました。 | トップページ | お城の野鳥(01-01)_スズメ_(蝉スズメ) »